コンテンツにスキップ

伊藤春太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2021年12月24日 (金) 07:08; Yaruohrhm (会話 | 投稿記録) による版 (参考文献: cat調整)(日時は個人設定で未設定ならUTC

(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

伊藤 春太郎(いとう はるたろう、1858年安政5年3月[1][2])- 1913年大正2年)3月11日[1][2])は、明治期の農業経営者、政治家衆議院議員愛知県中島郡稲沢町長。

経歴

[編集]

尾張国中島郡平野村[3]愛知県[1]中島郡平野村、五郷村大江村、稲沢町[2]を経て現稲沢市平野町)で生まれた。江間錦江に師事し漢学を修めた[3]。農業を営む[1][2]

宮田用水普通水利組合委員、同土功会議員、中島郡徴兵参事員、地租編纂委員、愛知県勧業諮問会員などを務めた[1][2]。1884年(明治17年)愛知県会議員に選出され[1][2][3]、中島郡会議員も務めた[1][2][3]

1894年(明治27年)9月、第4回衆議院議員総選挙(愛知県第5区、国民協会)で当選し[4]、その後、公同会に所属し衆議院議員に1期在任した[1][2]

1906年(明治39年)稲沢町長に就任し4期在任した[1][2][3]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i 『議会制度百年史 - 衆院議員名鑑』47頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』34頁。
  3. ^ a b c d e 『愛知県姓氏歴史人物大辞典』419頁。
  4. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』86頁。

参考文献

[編集]
  • 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』衆議院事務局、1915年。
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会『愛知県姓氏歴史人物大辞典』角川日本姓氏歴史人物大辞典23、角川書店、1991年。
pFad - Phonifier reborn

Pfad - The Proxy pFad of © 2024 Garber Painting. All rights reserved.

Note: This service is not intended for secure transactions such as banking, social media, email, or purchasing. Use at your own risk. We assume no liability whatsoever for broken pages.


Alternative Proxies:

Alternative Proxy

pFad Proxy

pFad v3 Proxy

pFad v4 Proxy