冶金研究所(やきんけんきゅうじょ、英語: Metallurgical Laboratory あるいは Met Lab)は、第二次世界大戦期のマンハッタン計画(原子爆弾を開発するアメリカ合衆国の計画)の一部をなすコードネームである。ノーベル賞受賞者でシカゴ大学の物理学教授であったアーサー・コンプトンを代表としていた。元々は大学のフットボール球場として建てられたシカゴ・パイル1号で最初の管理された核の連鎖反応を生み出した。